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Intro

幸福な生活を共に歩む、希望に満ちた南洞区

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南洞区の紹介

南洞区ホームページへようこそ。南洞区長のイ・ガンホです。

南洞区にご関心をお寄せいただき、心よりお礼申し上げます。

南洞区は都心、農漁村、産業団地が調和、共存する複合都市です。
市庁、教育庁、警察庁など、仁川の主な行政機関やロデオ通り、仁川総合芸術会館などが集まり、仁川最高の行政、文化の中心地であるとともに、新たに造成された論峴、西昌などの大規模住宅団地を備え、良質な雇用も豊富な南洞国家産業団地も有する経済と交通の要所です。

加えて、都会の中の緑の森と蘇来湿地生態公園、仁川大公園などの広い緑地と、首都圏最大の在来漁港かつ最高の観光地である蘇来浦口にも恵まれた、首都圏最高の生態観光都市でもあります。

南洞区はこのような多彩な魅力と尽きることのない変化と潜在力を備えた都市です。

南洞区は今後も区民55万人の知恵を集め、約1000人の公務員の力と変化により、仁川随一の幸福都市を目指し努力して参ります。

今後とも皆様のご指導、ご鞭撻をよろしくお願いいたします。

沿革

SINCE 1757~

現在 ~ 1991
  • 2018. 11. 05 長寿西昌洞、西昌2洞を分洞(20洞)
  • 2011. 05. 20 論峴1、2洞、論峴古桟洞を分洞(19洞)
  • 2009. 07. 20 論峴洞を新設(18洞)
  • 1998. 11. 01 6洞を3洞に統廃合(17洞)
  • 1995. 01. 01 仁川広域市に名称変更(法律第4789号)
  • 1994. 01. 22 南洞区庁舎移転開庁式
  • 1993. 12. 27 南洞区庁舎の竣工
  • 1993. 12. 01 九月4洞、万寿6洞を新設(20洞)
  • 1992. 01. 01 南洞工団出張所を新設
  • 1991. 08. 26 九月3洞、万寿5洞、南村洞を新設(18洞)
1980 ~ 1990
  • 1990. 01. 01 間石4洞を新設(15洞)
  • 1989. 05. 15 万寿4洞を新設(14洞)
  • 1989. 01. 01 職制改編による南洞区保健所の新設(3係)
  • 1988. 12. 31 区間行政区域の一部調整(九月1洞、間石1洞) (大統領令第12557号)
  • 1988. 05. 01 自治区に昇格(地方自治法改正法律第4004号)
  • 1988. 01. 01 仁川直轄市南洞区を新設(13洞) (大統領令第12367号)
  • 1981. 07. 01 仁川直轄市南区南洞出張所を開庁
  • 1981. 01. 01 直轄市に昇格
1900 ~ 1979
  • 1968. 01. 01 仁川市南区に編入(仁川市区設置法律公布)
  • 1948. 08. 15 仁川市南洞出張所設置(地方自治法公告)公布
  • 1945. 08. 15 地方自治制実施に伴い仁川府を仁川市に改称
  • 1940. 04. 01 仁川府に編入
  • 1914. 03. 01 富川郡南洞面
~ 1757
  • 1757 仁川都護府に還元(英祖33年)
  • 1748 仁川県に降格(英祖24年)
  • 1460 仁川都護府に昇格(世祖6年)
  • 1413 仁川郡に改編(太宗13年)
  • 1392 慶源府から仁州に改編(朝鮮太祖元年)

ロゴ

  • 区のスピード感溢れる発展と成長を表し、信頼される自治区政と合わせ、暮らしやすい福祉社会の実現を目指す区の意志を表現しています。

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スローガン

シンボル

イチョウ

区の木 : イチョウ

実直さと高潔さを象徴しており、長寿洞の樹齢800年のイチョウが区のシンボルとなっています。
レンギョウ

区の花 : レンギョウ

区内に多く自生し、春の訪れを真っ先に伝える花で、新たに創造する開拓の意味が込められています。
ツバメ

区の鳥 : ツバメ

春の訪れを一番に伝える吉鳥で、時速90㎞で飛ぶことができることから、スピード感溢れる区の発展を表現しています。
イルカ

区の動物 : イルカ

知能が高い動物で、人間にも慣れやすいことから、多彩な才知を有する区の力を表現しています。
九月洞
現在の市庁所在地である九月洞(クウォルドン)は、蘇来山朱雁峰の山並みが西に延びて丘陵を成し、その形がまるで亀のようであることから「亀山」と呼ばれており、集落の丘が半月のように曲がっていたことから亀山の「亀」と半月の「月」を合わせて「亀月里(クウォルリ)」となり、発音が同じ「九月」となった。
また、この場所にはかつて「大九月」、「小九月」などの自然部落があり、その名称から九月洞(クウォルドン)となったとも言われ、80年代には九月2洞が新たに設置された。その後、宅地開発が行われ、大規模集合住宅が建設されたことで1991年には九月3洞、1993年には九月4洞が追加設置された。
九月洞にはかつて仁川府朱安面に属していたソンマル、九月マル、モッウィマル、チョンジェウル、ペン(ペム)ゴル、ジュモッコリ、トクジョンマウルなどの自然部落があった。
間石洞
間石洞はかつて仁川府朱安面ソクバウィ及びセマル部落であった。1903年に仁川府が洞、里の名称を拡張した際に石岩里、間村里に分けられた後、1914年の行政区域統廃合に伴い、間村里、セマル、ポルト、シルンジェ、石村、セパリ、プルムゴル、サムゴリ、キワチプマルを合わせ、間村と石村から一文字ずつを取って間石里とし、富川郡タジュ面に編入された。
1936年には文鶴面に編入され、1968年の区制実施と1981年の直轄市昇格に伴い南区間石洞となった。
古桟洞
かつての韓国では、土地の一部分が突出している場所を「串」と呼んでいた。韓国古来の言葉で、黄海に伸出する黄海道の「長山串」が代表的なものとして知られている。
南洞工団ができる前、南洞区古桟洞は現在の南村洞から論峴砲台のある虎口浦、運転免許試験場のある地域まで伸びる「串」であった。
かつて韓火の工場があった場所が古桟洞と呼ばれていたが、現在も「古桟」という地名が使われているのは南洞区古桟洞、安山市古桟洞などで、漢字表記も同一である。
陸地が海側に半島状に伸びる地形を「串」と言い、「串」の内側の集落が「串内(ゴッチャン)」となり、その後「古桟(コジャン)」と変化した。古桟とは「串の内側にある集落」という意味となる。
古桟は仁川の最南端に位置する海岸地域で、長く変わらず仁川府鳥洞面古桟里と呼ばれていたが、1914年3月1日の富川郡新設、同年4月1日に南村面と鳥洞面が合併して南洞面となる際にコヤッマル、トルウムル、カルメを併合して富川郡南洞面古桟里となった後、1947年1月1日に古桟洞となった。
論峴洞
論峴洞とは、かつて集落で重要な事柄が生じた際、大人たちが集落の空き地に集まり、地区の重大事を議論したことから付けられたものであるという説と、峠に田んぼがあったことから「田の峠(ノンコゲ)」と呼ばれていたものに意味と発音が似た漢字を当てて「論峴(ノンヒョン。峴は峠の意味)」となったという説がある。また、かつて使臣が寿山浦口から中国に発つ際に見送りの家族と別れを惜しみながら峠を越えたことから「論峴洞」となったという説もある。
論峴洞は元来、仁川府南洞面論峴里地域で、ノンコゲマウルとモレマウルに分かれていた。
1914年3月1日に富川郡が新設され、同年4月1月に南村面と鳥洞面を合併して南洞面となった際に、サリウル、ペクホプリ、ソダンゴルなどを統合して富川郡南洞面論峴里となり、その後論峴洞となった。
桃林洞
桃林洞は古くから桃畑が多く、「桃の谷」と呼ばれていたことに由来する地名である。仁川府南村面桃林里、オボン里地域は、ドリミやドリム、桃山(ドサン)と呼ばれていたが、1914年3月1日に富川郡が新設され、行政区域が改編されるのに伴い、スッゴル、トクゴルを合わせて「桃山里」となり、富川郡南洞面に編入された。1940年4月1日に再度仁川府に編入され、日本による支配時代には「新桃山町」と呼ばれていたが、1946年1月1日に桃林洞となった。
1977年4月18日、市条例第1075号に基づいて寿山洞を統合し、1988年1月1日には南洞区の新設に伴い南洞区に編入された。
大統領令第12367号に基づき、南区仙鶴洞に属していた南村洞を統合したものの、南村洞の拡大に伴い1991年8月21日に南村洞が再度分割された。
万寿洞
古くから仁川は長寿の地として知られていた。朝鮮王朝実録によると、顯宗元年、仁川に100歳の老人が暮らしていたとの記録がある。当時の平均寿命が40歳前後であったことを勘案すると、これは普通の2.5倍も長生きだったことになる。
特に、万寿洞と長寿洞地域は長寿で有名であり、名称にも長生きを意味する「寿」の字が使われていて、洞の名称も万寿洞と名付けられた。
万寿洞には、かつてセマル、クリョンゴル、サンミッマル、タムベンイマル、ジャンスンペギ、セゴル、ビリコゲ、トルゴル、セパンなどの集落があった。
万寿洞は20年ほど前までは点々と形成された自然集落を中心に、都市近郊農業を営む地域であったが、1970年代の都市化により大きく発展した地域である。
西昌洞
朝鮮時代の農村では、収穫した穀物を税金として最寄りの倉庫に保管し、国家の必要時に首都漢陽まで運搬していた。仁川の南村面と鳥洞面の人々は、収穫後に国へ治める税穀を20里余り離れた北倉や東倉まで運ぶ必要があった。
しかしながら、税穀を運ぶ道のりは非常に険しく、大変な重労働であったため、これらを解決すべく、近隣に倉庫を設けてほしいとの希望が受け入れられて建設されたのが西倉であった。
また、黄海の海水がこの地まで押し寄せ入り江が生じた際に、住民が「船を集めて黄海で一旗あげる(昌盛する)」という意味で西昌と名付けたとの説もある。西昌洞の地名の由来として2つが伝えられているが、現在の行政洞名は西昌洞である。西昌洞は本来仁川府鳥洞面ソルレ里、コルチョン里、トクコク里などの地域を有していたが、1914年の行政区域廃合に伴いトゴル、コルジェ、チャングル、ソルネ集落を合わせた「西昌里」となって富川郡南洞面に編入され、1946年1月1日から西昌洞となった。西昌洞は現在、西昌2地区の開発に伴う人口の増加により、長寿西昌洞と西昌2洞に分割されている。
寿山洞
寿山洞は山に囲まれた集落で、人々が長生きできる風土であるという意味で「寿山里」と呼ばれるようになった。
かつて仁川都護府の時代には南村面鉢里や慶信里地域であり、木製鉢食器(バリテ)のような形の山があったことからバリミ、バレティ、ベレト、バリョ、ベリョ、鉢山、鉢村と呼ばれていた。
1914年3月1日に富川郡が新設され、行政区域が改編されるのに伴いアヌグル、ファングル、チャンウムル、慶信を合わせて鉢山里となった。1940年4月1日に第二次仁川府に再度編入され、日本式に「寿町」となった後、1946年1月1日より洞名変更によって寿山洞となった。
雲淵洞
雲淵とは雲室の意味から生じた「雲」と淵岳の「淵」の字から付けられた名称である。
雲淵洞はかつての仁川府鳥洞面雲室や宴楽ゴルなどの地域で、1903年8月に仁川府が管轄洞里の名称を確定するにあたり上音里、下音里、宴楽里に分けられた。
1906年には淵岳里となり、1914年3月1日に富川郡の新設に伴い富川郡に編入された。1914年4月1日に南村面と鳥洞面が統合された南洞面に編入され、1914年11月20日に雲淵里となった。
1940年4月1日に再度仁川府に編入されて「雲淵町」となったが、1946年1月1日に雲淵洞と改称された。
長寿洞
長寿洞はかつて鳥洞面の壮者里、晩義里、水越里で、1914年3月1日の富川郡新設に伴い南洞面に属する長寿里となった。長寿里は壮者里の「壮」と水越里の「水」から付けられた「壮水里(ジャンスリ)」が同じ発音の「長寿里(ジャンスリ)」となったものと言われている。1940年4月1日には仁川府に再度編入されて長寿町となった後、1946年1月1日に長寿洞となった。
長寿洞は距馬山、冠帽山に囲まれ、洞の60%以上が山地であり、古くから万寿洞とともに長寿の地区として知られていた。
1968年の区制実施に伴い仁川市南区長寿洞となったが、1988年1月1日の南洞区新設に伴い南洞区に編入され、仁川直轄市南洞区長寿洞となった。

地域特性

  • 南洞国家産業団地を有する産業都市
  • 行政・教育・文化・金融・経済の中心地
  • 交通と物流商圏の要所
  • 都市と自然が調和する環境型住居都市

一般現況(2019. 6. 30現在)

面積

57.0㎢ [仁川の5.4%]
緑地(28.4㎢, 49.9%)、住居(16.2㎢, 28.3%)、工業(10.3㎢, 18.1%)、商業(2.0㎢, 3.5%)、その他(0.1㎢, 0.2%)

  • 49.9%緑地(28.4㎢)
  • 28.3%住居(16.2㎢)
  • 18.1%工業(10.3㎢)
  • 3.5%商業(2.0㎢)
  • 0.2%その他(0.1㎢)

人口

  • 人口 : 547,796人(男274,830人、女272,966人)

    • 274,830


    • 272,966

  • 住民登録 : 535,401人(男266,522人/女268,879人) 220,251世帯
  • 登録外国人 : 12,395人(男8,308人/女4,087人)

行政組織

  • 行政区域 : 20洞872統3,773班
  • 組織 : 4局、3室、1担当官、29課、1事務局、1直属機関、2事業所、20洞
  • 公務員 : 定員1,059人

福祉

  • 国民基礎生活保障受給者 : 15,569世帯、22,765人
  • 医療給与受給権者 : 12,292世帯18,208人
  • (登録)障害者 : 25,758人
  • 基礎年金受給者 : 45,649人
  • 脱北者住民 : 1,983人
  • サハリン永住帰国者 : 402人(2019.3.現在)
  • 国際結婚移住者 : 3,633人(2017.11.現在)

基盤施設

  • 道路開設 : 482.5㎞
  • 下水道管路 : 935.1㎞
  • 河川 : 6か所(地方2級河川4、小河川2)
  • 公園 : 171か所(7.77㎢)
    • 造成148か所6.79㎢/未造成23か所0.98㎢
  • 緑地 : 210か所(0.82㎢)
    • 造成201か所0.75㎢/未造成9か所0.07㎢
  • 住宅 : 199,158戸(その他を除く)
    • アパート125,900戸、戸建住宅7,601戸、テラスハウス3,574戸、多家族住宅15,506戸、多世帯45,577戸

主要施設

  • 関連機関 : 29か所
  • 災害対応施設 : 10か所(排水ポンプ場3、水門7)
  • 文化財 : 8か所
  • 公共体育施設 : 79か所(体育広場8、公園18、室内4、国弓場2、地区45、その他2)
  • 文化基盤施設 : 68か所
    • 文化芸術会館1、蘇来アートホール1、歴史館1、博物館2(私立)、文化院1
    • 市立図書館2、区立図書館4、小さな図書館56(公立4、私立52)
  • 保育施設 : 368か所(国公立41、民間144、家庭172、法人2、法人他団体2、企業内7)
  • 社会福祉施設 : 554か所
    • 総合社会福祉館4、社会福祉関連施設5、家庭福祉関連施設51
    • 高齢者福祉施設472、障害者福祉施設20、国際結婚移住者1、脱北者住民センター1
  • 社会的経済 : 139か所(社会的企業50、地区企業7、協同組合82)
  • 教育機関 : 155か所(幼稚園75、初等学校38、中学校22、高校16、特殊2、その他2)
  • 工場 : 7,250社(南洞工団6,694、一般地域556)
  • 流通施設 : 7,531か所
  • 市場・大規模店舗 : 17か所(伝統市場7、大規模店舗10)
  • 農畜水産業 : 農業1,560世帯(812ha)、畜産20世帯(4,436頭)、水産441世帯(224隻)
  • 医薬業 : 1,999か所(医療機関847、医薬品販売1,152)
  • 衛生業 : 12,658か所(食品衛生全体10,442、食品接客業7,497、公衆衛生・衛星用品業2,216)

歳入・歳出予算現況 (2019年第1回追加更正予算)

総額 8,535億ウォン

  • 一般会計
    8,028億ウォン(94.06%)
  • 特別会計
    263億ウォン(3.08%)
  • 基金
    244億ウォン(2.85%)

※ 財政自立度(改編前) : 21.75(29.68)%

  • 代表電話
    032-466-3811 ~ 20
  • 当直室
    032-453-2222
  • ファックス
    032-464-6275
所在地
仁川広域市南洞区蘇来路633 (万寿洞)

文化観光

蘇来浦口祭り

神秘の天然湾口、首都圏唯一の在来漁港

仁川蘇来浦口祭りは、小さな漁船と夕日が一幅の風景画を描く、首都圏の観光名所である蘇来浦口を舞台に、訪れる人々とともに作り上げる仁川を代表する文化観光祭りです。
エビ、ワタリガニ、塩辛などが溢れる蘇来浦口は、年間700万人が訪れる首都圏随一の観光名所で、近隣の蘇来湿地生態公園は天日塩で有名な塩田の姿を残しており、天恵の海洋生態系の宝庫です。

  • 会場 : 仁川広域市南洞区論峴洞へオルム公園一帯
  • 期間 : 毎年10月初旬
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キャラクター

  • 꽃게랑コッケラン
  • 새우랑セウラン

キャラクターの服装は蘇来浦口の人々と住民の親しみやすく、活気溢れる雰囲気を象徴しています。また、青と緑は浦口の青い空と生き生きとした自然を、ピンク、赤紫は親近感ある蘇来浦口の心を象徴しています。首のマフラーは祭りの楽しさを、エプロンは祭りに参加、交流するすべての人々の姿を象徴しています。

蘇来浦口

郷愁とロマンあふれる

水仁線開通により蘇来浦口がより近くなりました。蘇来浦口は首都圏に唯一残る自然漁港で、時が流れても変わることのないロマンと郷愁にあふれ、新鮮な魚介類、深い味わいの様々な塩辛、人々でいっぱいのこの場所では、毎年10月に蘇来浦口祭りが開催されます。

  • 所在地 : 仁川広域市南洞区浦口路2-9一帯
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蘇来歴史館

生きてきた歴史

蘇来歴史館は、急速な新都市開発と都市化により消えゆく蘇来の歴史と文化を伝える博物館で、蘇来の人々が歩んできた歴史が生き生きと展示されています。

  • 所在地 : 仁川広域市南洞区児岩大路1605
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蘇来生態公園

都心の干潟体験、蘇来湿地

都市の呼吸器とも言える湿地を余すところなく体験することのできる蘇来湿地生態公園は、かつての蘇来塩田跡に位置し、マツナ、シチメンソウ、アッケシソウなどの塩生植物が広く分布し、アシ畑や風車、長く伸びる散策路は素晴らしいの一言です。
塩倉庫を改築した生態展示館と自然学習場では8000年の歴史を持つ天然干潟の生態系と海洋文化の姿を知ることができ、塩作り体験、干潟体験も可能です。

  • 所在地 : 仁川広域市南洞区蘇来路154番キル77
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仁川大公園

四季折々の散策が楽しめる

冠帽山とサンア山に隣接する仁川大公園は大規模自然緑地公園です。
春には桜、初夏にはバラが咲き誇り、秋には紅葉が絶景を織りなす都会に広がる生命の森にはこども動物園、森の中の図書館、年間を通じて楽しめるソリ滑り場、サイクリング観光などの施設が揃っています。

  • 所在地 : 仁川広域市南洞区ムネミ路236
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ヌルソルキル公園

ヒノキの森から羊牧場まで

南洞区を代表する観光名所に挙げられるヌルソルキル公園は、緑豊かな森林浴を楽しむことができるバリアフリーロードや愛くるしい羊と触れ合える羊牧場、火薬の発展史を学ぶことのできる韓火記念館、子供たちに人気の森の遊び場など、様々なスポットが揃っています。

  • 所在地 : 仁川広域市南洞区論峴洞738-8
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南洞工団

所在地

  • ソウルから40㎞の仁川西南地域である仁川広域市南洞区論峴洞、南村洞、古桟洞一帯

造成目的

  • 首都圏における移転対象中小企業に対する移転用地の供給
  • 首都圏整備及び産業再配置への寄与

管理基本方針

  • 産業団地構造高度化を通じた業種構造高度化の誘導
  • 革新クラスター構築を通じた入居企業の革新知識創出及び競争力強化
  • 環境型産業施設誘致による快適な産業団地環境の造成
  • 生産性向上のための工場自動化及び労働者福利厚生支援事業への注力
  • 合理的工場配置及び効率的用途管理を通じた産業の発展
  • 団地内情報化基盤及び産業集積基盤施設の拡充

沿革

  • 1980.07.02 国家保衛非常対策委員会常任委員会にて造成計画確定
  • 1984.07.11 首都圏整備基本計画告示(南洞団地→開発誘導圏指定)
  • 1985.02.09 都市計画法第24条に基づく造成事業実施計画承認(建設部)
  • 1985.04.20 1段階工事着工
  • 1989.12.29 南洞団地1段階造成事業竣工(仁川市公告第294号)
  • 1992.06.30 南洞団地2段階造成事業竣工
  • 1997.02.28 南洞団地3段階造成事業竣工
  • 2009.06.24 南洞国家産業団地管理基本計画の変更(知識経済部告示第2009-124号)
  • 2009.12. 構造高度化試験団地指定(知識経済部)
  • 2010.11.04 南洞国家産業団地構造高度化事業計画の承認(1段階)

団地規模

(単位: 千㎡(千坪))

団地規模
総面積 産業施設区域 支援施設区域 公共施設区域 緑地区域
9,574(2,896) 5,913(1,788) 277(84) 2,991(905) 393(119)

入居現況

(単位 : 社、(%))

入居現況
区分 稼働企業 建設・準備中、休廃業 備考(賃借)
小計 機械 電機電子 石油化学 木材紙 運送装備 その他
6,906(100) 6,715(97.2) 3,604(52.2) 1,153(16.7) 768(11.1) 270(3.9) 236(3.4) 684(9.9) 191(2.8) 4,710(68.2)
  • 入居企業(6,681) : 300名以上(11)、50名~300名(272)、50名未満(6,398)

現況要約

  • ‘19年1月現在の南洞国家産業団地入居企業総数6,906社
    * 賃借企業が4,710社で入居企業全体の68.2%
  • ‘19年1月の生産は2兆5463億ウォン(前月比6.3%増加、前年同月比16.5%増加)
  • ‘19年1月の輸出は425百万ドル(前月比1.8%増加、前年同月比37.4%増加)
  • ‘19年1月の雇用は102,191人(前月比0.3%減少、前年同月比2.8%減少)

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